学生時代、先生が言った一言がある。

「グループを作ってください」

今でもトラウマだ。グループ活動が苦手だった。誰かと話すのが上手くできない。うまく輪に入れない。

でも今は思っている。コミュ障で良かったと。

コミュ障を受け入れた日

学生時代のある時、友達といるのをやめた。

グループというものに疲れた。どこにも属さなくなった。一人でいると「あいつ一人だ」とコソコソ言われる。でもそれさえ気にしなければ、楽なだけだった。

どこにも属さなくていい。それでいいと思えた時、ちょっと楽になった。

克服しようとするのをやめた。受け入れた。それだけで楽になった。これがミニマルだと今は思っている。

コミュ障じゃない人と比べてわかったこと

コミュ障じゃない人は誰とでも話せる分、人間関係が広い。情報もたくさん持っている。同じ職場にいるのに、自分が知らないことをたくさん知っている。

それはそれで楽しい人生だと思う。

でも自分はそれを知らなくてもいいと思っている。職場に来ている目的は金を稼ぐことだけだ。金を稼いで、自分や家族に使って、楽しく過ごす。それだけでいい。

知らない情報があっても、何も困らない。

人間関係は妻との関係だけが大事

コミュ障だから友達が少ない。他人との付き合いもほぼない。

でも全然困っていない。妻との関係だけが大事だからだ。そこだけ大事にできていれば、他はどうなってもいいと思えている。

誰かと仲良くなれなくてもいい。友達が少なくてもいい。他人との付き合いが全くないから楽だ。

ミニマリストとして人間関係も断捨離している。コミュ障はその助けになっている。

コミュ障で得したこと

一人でいるのが楽しい。一人でも楽しめる。

これはコミュ障だからこそ身についた能力だと思っている。誰かがいないと楽しめない人より、一人でも楽しめる人の方が強い。場所も時間も選ばない。

仕事で誰かと関わらなきゃいけない時は苦だ。でもそれ以外の時間は全部自分のものだ。その時間を家族と過ごすか、副業するか、投資するか。全部自分で決められる。

コミュ障でも、妻と結婚できた。むしろコミュ障だから結婚できたかもしれない。

彼女を作る気がゼロだった。だから妻とも仲良くしようとしなかった。気になっていたけど、だからこそ避けた。

そしたら妻の方が気になったみたいだった。

コミュ障じゃなかったらグイグイいけたかもしれない。でもそういう人間だったら妻はひいていたと思う。自然体でいたから、付き合うことができた。

ここで気づいたことがある。

コミュ障の人間は、周りがほぼ苦手な人ばかりだ。だから誰かが気になった時点で、それは好きに決まっている。悩む必要がない。

コミュ障じゃない人はいろんな人と付き合える分、「この人が本当に好きなのか」を悩みやすい。自分にはこの人しかいない、という確信を持ちにくいかもしれない。

コミュ障は結婚に向いているのかもしれない。好きな人が明確になるから。

結婚はミニマルな人間関係の究極形だ。好きな人を選んで、その人とだけいられる。コミュ障はその選択を迷わずできる。

まとめ

コミュ障は欠点じゃない。人間関係をミニマルにする能力だ。

克服しようとしなくていい。受け入れるだけでいい。どこにも属さなくていい。大事な人との関係だけ大切にすればいい。

それだけでいい。

職場の人間関係をミニマルにする話はこちら。 →異動先での疎外感。仲良くなろうとするのをやめたら楽になった