ダンベルとトレーニングベンチを持っていた時期がある。重さを変えられるタイプのダンベルで、「これ一つで完結する、ミニマルだ」と思って買った。

筋肉もついた。頑張れている時期は楽しかった。でも結局、売った。後悔はゼロだ。

ミニマリストがダンベルとトレーニングベンチを買った理由

重さを変えられるダンベルは、複数のダンベルを揃えるより省スペースで済む。その点ではミニマルな選択だと思っていた。トレーニングベンチと組み合わせれば、ジムに行かなくても自宅で完結できる。

実際、しばらくはちゃんとやっていた。負荷をかければ筋肉はつく。その点は正しかった。

筋肉はついた。でも「頑張る」が続かなかった

筋トレは負荷をかけることが前提だ。楽をしていては意味がない。頑張らなければならない。

頑張るのが楽しい時期はいい。でも人間なんて、そのうち「めんどくさい」「頑張りたくない」が勝つものだ。それは意志の弱さではなく、人間の普通の状態だと思っている。

器具があっても、やる気がなければただの邪魔なオブジェだ。

我慢して頑張り続けるのはミニマルじゃない

ミニマリズムは物を減らすだけじゃない。無駄な消耗を減らすことでもある。

嫌なのに我慢して続ける、やりたくないのに義務感でこなす。そういう「頑張り」はミニマルじゃない。精神的なコストがでかすぎる。

筋トレ器具を断捨離したとき、捨てたのは器具だけじゃなかった。無理して頑張り続けるという発想ごと、断捨離した。

筋トレ器具を売った結果、後悔ゼロな理由

近くの買取店に持ち込んで、数千円になった。捨てるより売る。これもミニマリスト的な判断だ。

売ってから後悔したことは一度もない。それどころか、部屋が広くなってすっきりした。

後悔がない理由はシンプルで、「今ダンベルがあったとしても、どうせやっていない」からだ。器具があれば続けられたかもしれない、という幻想は持っていない。

運動したいなら今すぐ腕立てすればいい、という話

「筋トレ器具がないから運動できない」という人に聞きたい。今すぐ腕立て伏せができるか?

器具がなくても、自重トレーニングはできる。腕立て、スクワット、腹筋。何も要らない。それでも動く気がしないなら、器具があっても同じだ。これが答えだと思っている。

筋トレ器具は「やる気を補ってくれる道具」ではない。やる気がある人が使うものだ。やる気がない状態で買っても、場所を取るだけで終わる。

ミニマリストの運動、これで十分

今は仕事で歩く機会が多く、それで十分な運動量になっている。無酸素運動はできていないが、特に困っていない。日常の中に運動が組み込まれているなら、わざわざ器具を買い足す必要はない。

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運動のミニマルな最適解。「やりたくない」を掛け合わせて相殺。

一日2食で7年生きてる。食事もミニマルにした。