ミニマリストが本当に捨てたいのは、物じゃなかった。
母が昔、こんなことを言っていた。
「ちゃぶ台一個の生活がしたい」
子どもの頃はよくわからなかった。でも一人暮らしを始めて、じわじわとそのがわかってきた。自分も同じ人間だったんだと
社会人になって親元を離れた。最初は普通に暮らしていた。でも一人だと家事を全部自分でやらないといけない。掃除、洗濯、料理。そのうち気づいた。物が少ない方が、全部楽になる。
押し入れに眠っていたアニメのフィギュアやグッズ、ダンボール2箱分を全部売った。もう熱がないことにも気づいていたし、未練もなかった。すっきりした。
バスタオルもやめた。男の髪ならフェイスタオルで全部拭ける。タオルのボリュームが減ったら洗濯が楽になった。そういう小さな発見が積み重なっていった。
家事を楽にしたくて始めたことが、気持ちよかった。それだけだった。
でも正直に言うと、物を減らすことより先に、ずっと捨てたいと思っているものがある。
仕事だ。
コミュ障だし、人と関わるのが嫌いだ。人は自分でコントロールできない。予測できないストレスをいくらでも与えてくる。しかも仕事だと関わる人も選べない。
物が多いと生活が重くなるように、選べない人間関係は人生を重くする。だからずっと思っている。仕事を辞めるのが最大の断捨離だと。
だから副業をしている。貯金もしている。投資もしている。1年でも早く、会社をやめるために。
そこに結婚という変数が加わった。
妻が持ちたいものが、自分には要らないものだった。そういうことがいくつもある。最初は正直、うっ、と思った。今も心の中では毎回「いらんわこれ」と思っている。
でも説得しようとは思わなかった。
要る・要らないは、自分の基準で決めているものだ。それを合理性とかで押し付けるなら、結婚した意味がない。妻にとって「あると落ち着く」ものは、自分にとっても必要なものなんだと、今は思っている。

それに気づいたとき、結婚というのもある種の断捨離だと思った。関わる人間を、好きな人だけに絞る。それって人間関係の断捨離の、究極の形じゃないか。
独身のままだったら、もうFIREできていたかもしれない。それは正直思う。今でも葛藤する。
ただ最近気づいたことがある。葛藤の正体は、結婚したことへの後悔じゃないかもしれない。金がないことへの後悔だ。
金さえあれば、仕事をやめられる。物が多少あっても、家事をすればいい。家事は運動にもなる。金があれば叶う断捨離が、世の中にはある。
だから副業して、投資して、貯める。ミニマリストとしての夢も、FIREの夢も、結局同じ方向を向いている。
完璧なミニマリストじゃない。FIREもまだ先だ。でもやめていない。物も、夢も。
このブログは、同じ場所で葛藤している人に向けて書いていく。物を減らしながら、早く自由になることを諦めていない人へ。
管理人 ちゃぶ台
