子どもに毎日散らかされても、自分のものは無事な話
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毎日、散らかる。
子どもというのは本当によく散らかす。大人の物、おもちゃ、絵本、タンスの中身、なぜかそこにある謎の紙切れ。気づけばリビングが足の踏み場もなくなっている。
これが毎日つづく。
散らかるのは「物があるところ」だけだ
よく観察していると、気づくことがある。
散らかるのは、物があるところだけだ。
子どもは何もないところを散らかせない。棚の上に物が並んでいれば引っ張り出す。引き出しに物が入っていれば開けてひっくり返す。でも何もなければ、何もしない。
当たり前のことを言っているようで、これはけっこう重要な事実だと思っている。
自分のゾーンはいじられない
自分の物はほとんどない。
服は厳選してある。小物類もほぼ持っていない。全部クローゼットに入る量だ。だから子どもに何もいじれるものがない。
自分の物が散らかることはゼロだ。
毎日リセットが必要なのは、物が多いエリアだ。そこには物が多いから、子どもも集まる。片付けるのも自分だったりするのだが、それは自分の物ではない。
全員がミニマリストじゃなくていい
家族がいると、ミニマリズムは難しいとよく言われる。
確かにそうだ。全員の物を減らすのは現実的じゃない。家族には家族の価値観があるし、子どもには子どもの世界がある。それを統制しようとするのは違うと思っている。
ただ、自分だけでも物を減らしておくと、少し楽になる。
全体の混乱には巻き込まれるけれど、自分の物に関しては静かでいられる。それだけでも、意味があると感じている。
物が少ない人間は、家族の中でも静かでいられる
もし自分ひとりで暮らしていたら、もっとシンプルだろうと思うことはある。でも家族がいる中でも、自分の物を少なくしておくことで得られる静けさは確かにある。
散らかるのは外側だけで、自分のものは無事だ。
それがミニマリズムの、地味だけど確かな恩恵だと思っている。
