ミニマリストにとって、床に何もない状態は正義だ。

かつての自分も、床をロボット掃除機に全任せし、埃一つない「完璧な空間」で暮らしていた。
だが、結婚してその生活は終わった。

今、自分の手元にあるのは一台のコードレス掃除機だ。

「掃除のしやすさ」を生活の第一優先にしない

独身の頃は、ロボット掃除機が走り回れるように、物を減らしていた。

しかし、非ミニマリストの妻と暮らし始めて気づいた。「掃除のしやすい部屋」を追求しすぎることは、時に家族への窮屈な押し付けになる。

床に物が置いてあってもいい。ロボットが立ち往生する部屋でもいい。

掃除のしやすさが生活の最優先事項になってしまったら、それは本末転倒だ。

自分が結婚したのは、完璧に整った部屋で独り占めするためではない。大切な妻と、この場所で笑って過ごすためだ。

理想の床を捨てて、家族との暮らしを取る。自分にとって、これこそが「人間関係のミニマリズム」の正解だ。

埃も、自分一人だけの不満なら「受け入れられる」

かつては埃一つない部屋にしたい願望があった。

しかし今は、多少の埃なら受け入れている。他人の家に行って埃があっても気にならないように、この家は自分だけのものではなく「家族のもの」だと思えば、不思議と気にならない。

普段の掃除は、よく使う場所だけコードレス掃除機でササっと済ませる。
細かいところは、気が向いた時にだけやる。

完璧を求めない。その余白が、家族との穏やかな時間を生んでいる。

もしも自分が「独身」に戻るなら、これを選ぶ

とはいえ、もし自分が今一人暮らしをしていて、自分の意志だけで部屋を構築できるなら、迷わずロボット掃除機一択だ。

何も置かない、何もない床で、思う存分ゴロゴロと転がりたい。
もし「自分の意志で環境を変えられる」立場にいるなら、管理コストをゼロにする最強の相棒を導入すべきだ。

自動ゴミ収集ステーション付き、コンパクトな物を選べば、まず失敗はないと思っている。Ankerのが気になっている。

独身時代持っていたのは、もう10年近く前に2~3万で買ったECOVACSの物だった。ごみ収集ステーション機能は無かったが、毎回驚くほど埃がとれた。その時代でそのコスパを発揮できるのだから、今のものはもっといいだろう。

まとめ:ケチるのは「こだわり」であって「愛情」ではない

ミニマリストだからといって、自分のスタイルを周囲に強制するのは、ただのエゴだ。

  • 掃除のしやすさより、居心地の良さを選ぶ。
  • ロボット掃除機の利便性より、家族の持ち物を尊重する。
  • 「完璧な清潔さ」への執着を捨てる。
    こだわりを捨てて、大切なもの(家族)を守る。
    そんな不器用なミニマリズムがあってもいいと、自分は思っている。